カラマーゾフの兄弟

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<<   作成日時 : 2016/08/24 00:23   >>

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高校生の頃、やたらとナイキのシューズにこだわる同級生がいた。
写真部の彼はナイキにこだわっていた。
当時ブランドというか靴の有名メーカーなど
私は知らなかったし、調べようという気持ちすらなかった。
ナイキ一色にこだわる主義というか、主張というか
そういうことにこだわる人間が存在することに
私には衝撃的だった。

80年代中頃、既にナイキは有名メーカーだった。

ちょうどいま『私の履歴書 鬼塚喜八郎』を読んでいる。
神戸発祥の靴メーカー、アシックスの創業者だ。
p.102にナイキについての記述がある。少し抜粋。


東京五輪の一年前、米スタンフォード大の陸上選手だった
フィリップ・ナイトという青年がふいに私を訪ねてきた。
「米国でスポーツシューズを研究、市場調査したら、
オニツカシューズが最も優れていると分かった。
ぜひ扱わせてほしい」という。
裸一貫で事業を始めたいとの彼の心意気に、創業時に
リュックをかついで全国を歩いた私の姿がダブリ、この若者に
思い切って販売店をやらせてみることにした。
彼は勇んで西海岸のオレゴン州に「ブルーリボンスポーツ社」を設立、
苦労が実って成功を収めていった。
七年後、もっと拡販してもらおうとブ社と販売会社設立の計画を
進めていたところ、
日本の商社の勧誘で他のメーカーからの仕入れに切り替えてしまった。
驚いた私はすぐに別の販売店と契約したが、日本の商慣習になじまない
そのドライな行動に裏切られた気がしたものだ。
まずいことにブ社が使っていたニックネーム(サブブランド)を
引き続き使ったため、その使用権の帰属をめぐって対立、訴訟を起こされた。
結局、和解に応じたが、和解金額は弁護士費用を含め
一億数千万円、海外展開するうえでいい経験だったとはいえ、
高い授業料を払わされた。これが後に急成長したナイキシューズの会社である。


・・・と書いてある。
読んでいてイスから飛び降りるくらいビックリした。
えぇっ、あのナイキが!
半信半疑でwikiで調べてみるとそうだった。
自分のなかでかなり老舗だと思っていたけれど、
そうではなかった。
スポーツ用品のメーカーは玉石混交の時代だったのかもしれない。

ちょっとビックリした。


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