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zoom RSS 大安亭市場と映画館

<<   作成日時 : 2016/01/17 01:00   >>

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大安亭市場について調べてみた。

名前の由来について子供の頃は、
低価格でお求めやすい商品にあふれる市場
「とっても安いですよ〜」という意味あいで
大安亭市場という名前なのだと思っていた。

長じて大人になって考えてみると、
市場の中に大安亭といった名の建築物はないし、
大安亭といった地名もない。
昔父から昭和30年代、市場の東側に小さい映画館があったと聞いたことがあるけど、
大安亭という名称であったとは聞いてない。

大安亭市場のホームページを読むとこう書いてあった。
大安亭とは「元々は旭通4丁目に昔あった浪花節の小屋の名前」であった。
旭通4丁目は今だと超高層マンションが建っている
シティータワー神戸三宮がある辺り。
ちょうどそこから南側に向けて市場、商店街ができ、大安亭市場が出来たとのこと。

今ある大安亭市場は新生田川の付け替え後にできた市場で
新大安亭市場という名称であった。

空襲で大安亭のあった周辺が焼け野原になり、
かつ戦後はGHQがこの辺りを占有したため、市場再建がかなわず
もともとの大安亭市場はなくなって新大安亭市場が
大安亭市場と名称を変更したとのこと。


大安亭市場のすぐ東にあった映画館について調べてみた。
ゼンリン住宅地図の昭和41(1966)年版に記述があった。
新日栄劇場と書いてある。劇場は葺合センター街の通り沿い。
日暮通4丁目にある。
あわじや商店が今のあわじや米店と思われる。
その正面にあったというのが地図からうかがえる。
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昭和54(1979)年になると、もうなくなっている。
麻雀日栄堂と純喫茶セリナ、日栄工場に変わっている。
劇場名の日栄を残して、日栄堂という雀荘になっているのが面白い。
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2016年現在の写真
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大安亭市場の入り口。
画面右上にノアストアーが見える。
子供服はほとんどここで買ってもらっていた。
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青山玩具、おもちゃはよくここで買っていた。
天ぷらの天平、そこの息子が小学校の時同級生だった。
彼のあだ名は天平だった。懐かしい。
そういえば天平の近くに果物屋さんがあって、
小太りのおばちゃんが切り盛りしていた。
ある日そのお店から出火して火事になった。
サイレンの音がすごかった。
あんなに消防車が来たことなんてなかった。
現場に行くとかなりの人でいっぱいだった。
これ以上入るなとロープがひかれていた。
幸い誰も死ななかったように思う。
ただあとで母から聞いた話によると、
火災時にそのおばちゃん、一度避難したものの
(火災中の)店に戻ると言って
周囲の人に引き留められたそう。
こんな火事を起こしてしまい
隣近所の人に申し訳ない、あわす顔がない、死んでおわびするということだったらしい。
火事のあと、だいぶん経ってからお店を再開した。
再開直後は少し伏せがちな感じがしたけれど
日が経つにつれ、店の前を通ると、元気そうなおばちゃんがそこにいた。



思うに高度成長の時代には
雲中小にはある一学年に36組あったらしく
どれだけマンモス校だったのかとビックリします。
小野柄小も一時期かなりの人数の生徒がいたと聞きました。
確かに神戸製鋼、 住友ゴム、川崎重工、上組、森本組など
海運会社や倉庫業者が多かったし、戦前からマッチ工場や
埋め立ての仕事で多くの朝鮮人が働いていたことを考えると、
それだけの人間の胃袋を養うため、大安亭市場が栄えていたのは
必然とも言えます。



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